電話、メール、訪問

まるで取り繕ったかのように典型的にモノが散乱している我が部屋へ人事部さんを招きいれることになるまでに鳴った携帯電話および固定電話のベルの音の数が数え切れないほど、いまだに頭の中でこだましている。部屋?いや、玄関だ。これ、何度目だ。昔、オートロックのない部屋にいたころにドアまで来られて「おーい」と呼ばれた時代もあるし、都内の俺にとってはクソ高い・・・もう俺があんな高い部屋に住むことは永遠にないだろう・・・マンションにいたころはインターコムを通して問答し、近くのドトールで話をした。今日は誰が下を開けたのだろう?インターコムに答える度胸もなく(というか、誰が、来るのだろう?)ベッドの中で震えていたら、扉をノックする音。人事部の女性さんだった。「とりあえず、玄関に、入っていいですか?」扉を閉めると真っ暗になるのであわてて電気をつけた。たぬ子タソ(大沢佑香/晶エリー)の東京HOTなDVDなどを入れたケースが転がっていたので蹴飛ばして奥の部屋の扉をしめ、そこで見合った、沈黙。コンビニ弁当と精子の匂いが充満しているであろう俺なんかの部屋に単身やってきて、こわいだろうに。あるいはベッドの上で冷たくなっていて睡眠薬が散乱、てなこともありうるのだし。いや、実際、薬は8種類ぐらい床に散乱しているわけで。睡眠薬もあるが、ほとんどはビオチンなどビタミン剤で、残りは抗生物質セレスタミン。皮膚科の薬が9割だ。でも、見た目はこわい。しかし、それが彼女の仕事か。
今までのように誘導されない、俺待ち、いわゆる、「そして私が話す番になった」、そういう感じなので、ひとまず状況報告(生存報告)をして、でも、分かりました、と切り上げて帰る、という雰囲気ではないので、というか、どうして見つめるのだ、俺、屑人間ですよ、俺が人の目を見られないだけか、え、と、じゃ、暑いですよね、ここ、10分ください、着替えてきますので、ということで下で待ってもらい、ファッション☆ヘルス街を歩き、互いの地元の話などしながら、あぁこれがデートならいいのに、人妻か、みんな人妻だ、チェーン店ではない喫茶店に入って、向かい合った。それで、今後なんですけども、と言いかけたところで、マスターがアイスコーヒーを二つ、運んできて、置いた。他に、客なし。
とりとめもなく頭の中を吐き出す。はてな式。(Get to the point!)、昔、JR京浜東北線で携帯電話に向かって叫んでいたスーツ姿の黒人さんの英語フレーズが思い出されるのはいつものこと。どうして迂回する? なにが要点なのか自分で分からない。というよりも、こうした時間であっても、考えることは三島由紀夫金閣寺のようで、いかに自分で自分を傷つけないようにするか、というのは無論のこと、いかに自分が悲惨な状態ではないかのように振舞って、安心してもらいつづけられるか、その配慮が中心、そのまわりを迂回しながら、要点は相手の反応に頼る。相手が反応したら、そこが要点だ。
それで、そのような仕事の進め方、方向性への疑問について上司とは話をしましたか?していない。では、私では現場の状況は詳しく分からないので、一度上司とそういう話をしてみて、ああ、ウチの会社らしい、打ち合わせ、すり合わせ、認識合わせ、か。いやしかし、と私は言う。自分でそうは言いましたが、ポイントは二つあるのです。
つまり、仕事としてやっていきたいこと、自分にできること、という面、それが一つであるのは事実ですが、もう一つの点、つまり、なんであれ、それを遂行していくうえで協力していく同僚・メンバー、との関係が、人間関係が、つまり、(「リア充」ないし「爆発(ry」という言葉が喉から出そうになった・・・)、その、(「結婚指輪して住宅ローン抱えてるようなやつと仲良く残業なんかできないのです」)、こういうことが重なり、ああ、そうそう、言葉、言葉、言っていい言葉を探せ、ええと、その、業務知識を柱にしていく部分と、マネジメント的な部分と、あると思うのですが、(会話で(笑)をつけたいのだけどやり方がわからない・・)その、マネジメント、というか、そっち方面で、いや、必ずしもマネジメントする、という意味だけでなく、マネジメントされる、という意味でも、ちょっと、自分、向いてないな、と感じることがありまして。できないなりに、やってみて、ここ何日かで、勘違い、ミスジャッジ、分からないから聞いたのに分からないまま分かりましたと言う、そんなこんなの積み重ねで滅入りまして、その、滅入るのは、これは仕事の愚痴の一種でもあるのですが、しかし、それが時間の経過、慣れていくことによって、つまり職場に溶け込んでいくことによって、徐々に解消されていくような、そういう感覚が、まるでないのです。この状態が変わらないように思えるのです。つまり、(「結婚指輪して住宅ローン抱えてるようなやつと仲良く残業なんかできないのです」)、もうこれ以上、自分がネックになって、仕事が停滞してしまったり、ミスを起こしたり、ということを続けていると、時間の経過によって、それが良い方向ではなく、むしろ悪い方向に進むような気がして、恐いのです。
この連休で少し、考えていたのは、たとえば、一度、プログラマとして、ま、降格してもらって、続けられたら、それなら問題はないのですが、でも、あまりそういうのってないですよね、その、今までうまくできてたころの仕事を振り返ると、まだ自分が若いというので許された部分もあるでしょうし、あれですけど、技術的な部分も押さえて、そこから自然に押し上げられて、それで仕切り側にまわる、というのだと、15人メンバー回してたこともあるんですが、しかし、今のように、だと、なぜ自分が、みたいな、ネックになるだけじゃん、的な、
もしそういうふうに考えておられるのなら、つまり降格とか、そんなことまで考えておられるぐらいなら、今のままで、無理をせず、必要な作業をコツコツとこなしていく、という風にはできないですか?
いや、しかし、
お話を聞いていて、プライド、みたいなものが邪魔をしているのかなって、
プライド、いや、自分のことはいいんです、しかし、自分がネックになって、仕事が停滞して、人に迷惑をかけると、それが恐くて、正直、もう席に戻れないのです。恐いのです。
で、辞めてどうするのか、つまり、生活水準をもっと落として、拘束時間も増えて、ワーキングプア、じゃないですけど、でも、せめて自分でもできるような仕事を、イチからやっていこうかな、とか、そんなふうで、とくに、これ、というものがあるわけではないのですが、
そこまで思いつめているんですか?
まぁ、はい、
俺は目が合わせられないので、話しているあいだ中、ずっと窓の外を見ていた。
彼女は俺のほうを見ていた。
沈黙の時間は多かった。
何度か、自分が前向きに仕事を続けたい、ということを言わないか、それを待っているみたいに見えた。誘導もされかけた。
けれども自分は、辞める方向で考えていることをその都度、しかし辞めてどうするアテもなく、ただひたすら恐い、という気持ちもコミで、返答した。
待遇とか規模とか、この不景気で、ココを辞めるなんて、キチガイじみている、そんな気がする。続ければいいのに、と思う。
辞めて違うことをはじめても、待遇は一気に落ちるけど、苦しむ点では同じか、それ以上になるだけなのに、と呪いの思惑が渦巻く。
じゃあ、まぁ、明日は通院されるということなのでお休みすることにして、いま聞いたお話を部長さんに私のほうからお話させていただいて、それで、どういう形になるか、もう一度私のほうからご連絡させてもらうように、で、あの、私の番号、コレ、ですから、私の電話には出てね、と彼女は言う。
はい、出ます、と私は答える。
   *
ふと、29歳の俺が見たら、こんな単純な仕事で気ィ狂って、バカじゃないのか、と思うだろうなと思う。
31歳で、P子タソをタクシーに乗せて、「部屋戻ったらすぐメールして☆」とせがむ彼女に、「さっきの感想書いて☆」
と微笑む彼女に、おkおkとか言って、
部屋に戻って携帯をカパッと開けてたころの俺には、とうてい信じられない悪夢のような未来だな、と思う。
 
P子タソがその後一度も会ってくれなくなってしまうことをまだ知らない俺は、本気で浮かれていた。
自分の話をしてくれないことも、なぜいきなり部屋まで来たのかも、どういう気持ちで、俺を押し倒してきたのかも、
ぜんぜん分からないまま、あの完璧の乳房にだまされたのだ。
彼女が彼女だったらすべてが逆転していた。
彼女が彼女だったら、今の3倍働いても疲れないに決まっている。
けれども彼女の目にはは決まっている、とは見えなかったのかもしれない。今の俺の姿が見えていたのかもしれない。
あるいは、
ときどき思うのは、あのとき押し倒し返したりせずにちゃんとプリントアウトしていたら、
そうしたら、どうなったんだろう。