高野山への道(1)横浜→京都洛北・洛東めぐり

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昨年(2009)の11月末、東京有明からロードバイクごとフェリーで徳島へ渡って四国八十八箇所のお遍路参りをした
そのあと淡路島を通って神戸・尼崎を経由して京都へ向かい、そこから新幹線で帰宅した。
八十八箇所の札所で納経してもらった納経帳の八十八ページはすでに埋まっている。が、残りの一ページ、和歌山県高野山奥の院だけが残っている。お遍路を終えたら奥の院へ行ってそこで納経してもらって、それでやっと終了ということらしい。
 
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四国から帰宅したのが2009年の12月。その後すぐに、少し高いデジカメ(マイクロフォーサーズ機)と安いクロスバイクに手を出して、とくにカメラのほうに凝って、うしじまさんを撮ったりなどした。本当は少し休んだら雪の残るうちにスパイクタイヤを履いたマウンテン仕様のクロスバイク高野山の町石道を上り、美しい雪景色をマイクロフォーサーズ機で撮ろうと思っていた。
それが終わったら次はどこ。その次はどこ。そういう感じでアイスランドを含むいくつかの旅行計画を立てていたのだがメンタルを含む健康状態を悪くして実行できずにいるうちにアイスランドの記事は他の人がもう書いたし火山も噴火した。もういいや。あれもそれももういいや。どうでもいい。人生どうでもいい。うしじま1129を撮りながら自分のお遍路効果の全くなかったこと、煩悩の塊であること、修行の足りないこと、ぜんぜんダメ人間なこと、それを確認して、ともあれ、高野山だけは行っとかないと、これだけはやっつけておかないと、前に進めない、そう感じて夜行バスの予約を入れた。
 
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京都の89番はてな寺で中断しているので、京都からCONTINUE。
5月某日深夜、横浜駅近くの天理ビル前は夜行高速バスで関西方面へ向かおうとする若い人たちでごったがえしていた。早めに出ればいいものを、雨がやむのを待ってギリギリ。しかし東京を出て横浜に立ち寄るバスの到着も遅れていた。
 
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サイクルベースあさひ社長のブログで紹介されていたバス会社、アップオンは自転車輪行に理解のある会社さんで、原則的にキャリーバッグに入れた自転車の搭載を認めている。ただ輸送中の破損等に対する保証はできないので自分で乗せてね、という。「輪行部」スレ立て人の俺としては、電車・フェリー・路線バスに続いて、長距離夜行バスにも乗せてみたいわけだ。
 
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関東→関西の夜行バスは基本的に全日満員。一番安いエコノミーバスを選択したので隣席のDQN君たちは消灯後もガラケーでメールしていてとても眩しいし、消灯後の夜行バスからメールを送ってくるような彼氏に返信を返すようなDQN彼女がハッピーな国は滅んでしまえばいいじゃない。と思いつつ俺は、ホカホカの使い捨てアイマスクをして、どちらかといえばオタク属性というよりは仕事のできるキャリアウーマン風のキッパリした喋り方をするうしじまさんのあのくびれを維持するための日々の工夫や食生活のことを想像しながら眠りについた。
 
 
 
 
 

Day 1

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翌早朝に京都駅前着。夜行バスは初めてだった。途中何度もSAに止まって電気のつくのが面倒な悪寒・・・と思っていたが、実際にはそうして何度か休憩時間があって身体を伸ばさなければツライ、てことは理解した。
 
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バスは京都駅南側のなか卯前に着く。自動的に朝食が決まる。
 
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四国お遍路のときと少し装備は異なる。
カメラ:四国のとき→CASIO EX-FH20とサブのコンデジ。 今回→OLYMPUS E-P1。レンズは最軽量の2本、9-18mmf4.0-5.6 / 20mmf1.7
1台で望遠が使えることよりも、寄れば背景ボケがつくれることと、超広角が撮れること、そして夜間でもある程度高速シャッターが切れることを重視。
自転車:四国のとき→ロードバイク(タイヤ23c/ブレーキSORA) 今回→クロスバイク(タイヤは35cくらい?/ブレーキはメンヘルテクトロVブレーキ)
京都から高野山までは四国一周に比べて圧倒的に距離が短いので、荷物が多く積めること(リュック要らずになること)と、オフロードでも行けることを重視
 
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それから、走行中の撮影は危険なので、コンデジW60を併用して自動シャッターにした。このカメラは完全防水仕様でもあるので、大雨が降ってもおkということで。
 
   ▲Wikiloc - 京都洛北・洛東

初日の走行ルート。
ロングライドが久しぶりなので、まずは足慣らしの意味で、京都西部の桂川沿いを北上して西の亀岡市との境、保津峡へ。それから東へ戻って洛北エリア(仁和寺竜安寺金閣寺)を観光、それから京都御所を抜けて洛東エリア(清水寺哲学の道銀閣寺、京都大学)あたりを、いわば修学旅行的にフラフラ見てまわり、夜は安宿にチェックインして、あとは徒歩と地下鉄で繁華街などをラブプラス、休暇中のお茶屋さん街:五條楽園界隈などをぶらぶら。そういう計画。カメラを扱いやすいDMC-G1ではなくてE-P1にしたのは、E-P1のほうが多少高感度撮影に強く、夜の使い勝手が良かろうと思ったからだ。残念ながら京都にいる知り合いがすげえうまい京都料理を案内してくれてどうのこうのみたいな話は全くない。この世には友人も知人も一人も存在しないからだ。
 
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ロングライドは本当に久しぶりであって、中距離でもお遍路以後数回しか乗ってない。乗ったらブログを書いてるので、東京激坂探訪と鶴見川走行のみ。そして今回はクロスバイクのリアキャリアにパニアバッグを取り付けての初走行となる。
 
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平地部を走っている限りにおいて、パニアバッグをとりつけた重みは気にならない。むしろこうしてスイスイ自転車を漕いでいることによっていろいろな想念の麻痺することを恐ろしく感じたり。というのはもはや、いわゆるメンタルの病として人前に出ることが恐い云々というのじゃなくて、思いきりシラフで、全力でクリアーなマインドでありつつ、その正常かつ健康な精神の支配下においてなお、人前に自らの姿を晒すことが恐ろしいということ。もう人前を歩くことなんて恥ずかしくてできない年齢になったのだということ。人前を歩くことができるだけの、年齢相応の成果を残すことができないまま、トシだけ取ってしまったのだということ。その神経を麻痺させてくれる装置としての自転車を意識した。自転車なしに部屋を出ることなんてもうできない。そんな日がすぐそこに迫っている。
 
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京都駅から西へ。桂川にぶつかったら、サイクリングロード(これは奈良方面の木津から西北・嵐山まで続いている)に入って嵐山を目指す。自分の京都体験は、昔の修学旅行を除くと、駅前通過を何度か、あとは嵐山のむこう、亀岡市の禅寺で修行ごっこ(笑)をしたことがある程度だ。禅寺の修行はいったいなんだったのか。思うに、俺は今、36歳で無職であるゆえに人前に出ることが恥ずかしいのだと理屈づけようとしている。あるいはブサイクな非モテ過ぎてそうなっているのだと考えようとしている。もしくは頭が弱すぎて云々。どれでもよいのだがしかし、うしろからいうと、世の中には俺より頭の弱い人がいるかもしれない。俺よりブサイクがいるかもしれない。そして自分が少し前まで無職でなかったこと、一部上場企業の正社員だったことを思い返したところで、その時期に同様に人前に出ることがつらくなかったのかというと、そうではないことに思い当たり、そこで混乱する。これはいったいなんなのだろうか。
 
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つまりそれはこういうことだ。ブログを書いていて、ツイッターを書いていて、ハッキリ分かることは、俺は自分の頭の上のハエを追うことが出来ないけれども、現象が事態を説明している。俺はどれだけつぶやいても赤ふぁぼが一つしか取れていないし、ツイッターでまともなコミュニケーションが取れていない。嫌われているのだ。そしてなぜ嫌われているのかというと、俺は俺の精神を守るためにだけものを書いていて他人の精神になんら寄与していないということ。俺は役に立つ情報を発信せず、人に影響を与えるようななにものも思いつくことが出来ず、ただ俺自身の精神を守るためだけに書いているということ。そして俺が俺自身を守るために役に立つようなモノを発信していないブログをリムーブし、ブロックし、スパムとして報告、その結果、流れてくる情報はもはやほとんどすべて俺の無関心分野ばかり。なぜこれを俺は読んでいるのだろう?という「はてな」ばかりが残骸のフローとして、俺のRSSリーダーに入ってくる有様なのだ。
 
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残骸情報のRSSのフローが桂川をつたって流れていく、その上の赤い橋を渡り、保津峡へ向かう道は古い町並みが残された石畳の緩い上り坂。禅寺修行をしに行ったときにJR線で通過した断崖絶壁保津峡駅ホームからの眺めが素晴らしかったよな、という記憶を頼りに、そこへ向かおうとしている。うまくいけばあっけなくトラックに轢かれて死ねるかもしれないという消極的自殺行為としての自転車乗り。その景色があまりにも素晴らしければそのまま気を失って落っこちて死ねるかもしれないJR保津峡駅。その脇を通るトロッコ電車。チンチロ変てこな音楽が流れて進むトロッコ電車に、俺は禅寺修行の休憩時間に乗ったことがある。なにをしていたのだろうか。
  
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今回の最終目的地である高野山は標高およそ1000mというか、800mというか。それに比べて保津峡への峠道の標高は100m台でしかない。久しぶりの自転車乗りとはいえ、このレベルで音を上げることは想定していなかった。急激な筋肉痛にならぬよう、足ならしのつもりでいた。けれども、だんだんつらくなってくる。あれれ上れないよなにこれ。パニアバッグが重過ぎるのか!?
 
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ああつらい。ぜんぜんのぼられへん。もうだめだ。
 
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標高100mを上ることすらできない自転車ブロガー(笑) 俺はクズだ。どんだけつぶやいても赤ふぁぼはたったの一つ。それがお前の限界値だ。お前のピークだ。生きる価値なし。
 
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そうして絶望に一人酔いながら、あーでもここは京都だ。なにかが起こればいいのに。安田美沙子が突然やってきて(京都弁で)つきあってください、とか言わないものだろうか。でもホノルルマラソンを完走した安田美沙子が、標高100mを自転車で上ることすらできない俺にどうして(京都弁で)つきあってくださいとか言うだろうか。ダメなやつはなにをやってもダメ。本当に救いようもない。どうしようもない。
 
 
 
 
 

保津峡

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後半は手押しにして峠を越えると、まずはトロッコ電車用の保津峡駅が見えてきた。
 
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つり橋を渡り、無人のホームに立ってぼんやりする。もう少しホトジェニックな駅だったような気がするのだがしかし、この世に写真を撮れるシーンというものの思いのほか少ないことに絶望しつつある俺は、そのステージを3つに分けて考えている。

  1. 写真を撮って良い場所だし、撮っていてなにを撮っているのかがまわりによく分かるし、人が大勢いるところ
  2. 写真を撮って良いかどうかにかかわりなくまわりに人がいないので、好きなように撮っていられるところ
  3. 写真を撮ってはいけないようなところだがべつに法律で禁止されてるわけでもないし、勝手に撮るところ

ともあれこの駅はシーン2。
 
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しばらくカシャカシャしているとチンチロとメロディが流れてきて、嵐山方面から亀岡方面へ向かうトロッコ電車がやってきた。保津峡の美しい風景をみんなこちらにカメラを向けてパシャパシャ風景を撮っている。一方ホームにいる俺はトロッコ電車から写真を撮る面々の写真をパシャパシャ撮っている。
 
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トロッコ保津峡で乗降する客はなく、トロッコ電車が行ってしまうと、俺はふたたびつり橋を渡って自転車に乗り、今度はさらに西にある、JR保津峡駅へと向かう。
すぐに見えてきた。
 
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駅前に路線バスとしてのワゴン車が一台、トイレと自販機があるだけ。でも、自分が数年前に禅寺行きの際に通過したときに記憶したような淋しい感じではなく、中途半端に整備されているというか、実に残念な感じの。
 
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そして、完全禁煙の駅ホーム。
 
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電車もそこそこやってくる。
 
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もっとすごいところだと記憶していた。実際に見てみるとそれなりなところだなとしか思えない。そして夏みたいに暑い。
 
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完璧な絶景などというものは存在しない。遠い記憶と、らばQで眺めているくらいが正解である。もしくは、笑いと同じで、期待値のあるところに絶景は存在しないのかもしれない。だから俺の記憶の中の最強の絶景は(M子ちゃんの裸とかそういう意味ではなく)・・・心当たりがあるのだが・・・それは書いても意味がないのかもしれない。たまたま、てことかもしれない。
 
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ともあれ保津峡を見たので、京都市内へ戻ることにする。また峠道を手押しで進む。
暑い。夏みたいに暑い。関西地方の天気が大荒れになる二日前の、バカみたいな快晴の朝だった。
 
 
 
 
 

仁和寺

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洛北に世界遺産がいくつかあるというので、順番に見ていくことにした。
 
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よく分からない。
 
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世界遺産なんだからそれなりの写真が撮れないだろうかと思いつつも、あたりは修学旅行等のJC・JKで埋め尽くされている。いや、おまいらこそ世界遺産だ。クソ暑い。
 
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JC・JK。Jだけのグループもあれば、Dと混合の「班」もいる。お昼はどうしようか、蕎麦にしようか、と会話しているのはJ&DKだろうか。おじさんガイドがくっついてるのはJCだろうか。
 
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無料のゾーンと有料のゾーンを見て、写真を撮り、仁和寺を後にする。
知識がないので、なにをどう見ればいいのか分からない。先達はあらまほしきことなりかというと、JCを連れているガイドさんのウンチク話を聞く気にもならない。
とにかく暑い。
 
 
 
 
 

竜安寺

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日本史選択だったので、6流私大中退の俺でも耳に残っていたりする、「竜安寺石庭」、の竜安寺
元気の良いJCは、話題の尽きたガイドさんに「カレシとかさぁ、いるの?」という質問にきゃっきゃっ応えている。「だって本当に好きな人の前に出ると、なんにも言えなくなる」「なるなるーわたしもー」「ちょーわかるー!」「ほぉーそういうものか」そんな、ういういしい会話が暑苦しくて死にそうだ・・・
 
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JC・JK・ガイコクジン。そして単身者男子もいるようだがこちらはたいてい、CANON EOS5DMarkIIとか、CANON EOS7Dとか、CANON EOSKissX3などをぶらさげている。いっぽう俺も白のE-P1をぶらさげている。なにを撮ればいいのだろう。
 
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ぜんぜん分からない。
なにを撮ればいいのだろう。
アラフォーになって知力も体力も落ちぶれてゆき、そのなぐさみにというか、過去に記憶したもろもろを「つなげる力」の発達するのをもって老人力とか呼ぶとしてとりあえず、写真でも自転車でも良いのだが、そこから人生を考える、もしくは、人生と自転車から写真を考える、でもよい。虚心になってぼんやり思えば、それはつまり、「なにを撮ればいいのか分からない」のではないことが分かる。餃子の王将のオフ会に出かけていって「なにを喋ればいいのか分からない」のではない。れいのリリース判定会議において「なにを報告すればいいのか分からない」のではなかった。頭の中が真っ白になるというとき、その真っ白を露出アンダーにして見えてくるものはあれだ。あれなんだけども暑い。暑くてそれ以上思考が続かない。
 
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洛北をさらに東へ上り坂。ともあれ進もう。
 
 
 
 
 

金閣寺

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そうして、金閣寺
「キ、キ、キモヲタの、お、お、おれが、ど、ど、どうやって、し、素人童貞を、だ、だ、脱却したか、お、お、お、教えて、や、や、やろうか?」
ていうシーンで自分が記憶している三島由紀夫金閣寺。話を聞いて実践しようとする主人公、いっぽうで膝小僧をぽりぽり掻いてぼんやり眺めている女、を読んで実践しようとする主人公の俺、暑い夏の日の1993。まるで別人のプロポーション。まだネットは普及していなかった。おれはあの有名な言葉、「不能が確定した。」を、何度読み返しただろう。
 
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金閣寺のまわりにはさらに多くのJC・JK・ガイドのオッサンがひしめいていた。ガイドのオッサンは三島由紀夫には触れるのだが、吃音だとか、「びっこ」だとか、素人童貞だとか、そういう話には踏み込まなかった。ただ、金閣寺を焼いたのだと言った。そしてJCがへぇー!と相槌を打つ。
 
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金閣寺は綺麗だと思った。でもなんでこんなにたくさんの女子が見に来ているのか、それは分からなかった。こんなに暑いのに。
 
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まだまだ世界遺産はある。とりあえず進まなくては。
 
 
 
 
 

京都御所

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自分が自転車旅行でいつもそうしているように、今回もソニーのナビ子に音声案内をさせている。が、御所の中をナビ子は案内することができない。
 
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音声をオフにして進む。
 
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広いということ。人が少ないということ。
 
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カメラ女子ならぬ、三脚女子がいた。なにを撮っているのだろう。三脚にカメラを接続して脚は開いたまま、そのまま持ち上げて移動してはパシャリ。
 
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俺もなにを撮っているのだろうか。
 
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御所を抜けて、烏丸御池方面。
 
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オフィース街を走り、
 
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ふたたび、はてな本社前。
はてな本社の向かいにあるやよい軒で昼飯は和風ハンバーグ定食を食べた。食べながら電池を入れ替えたりした。ご飯を2回おかわりした。はす向かいでサバの塩焼定食を食べているイケメンはnaoyaだろうか?と思ったがもちろん違った。
 
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さらに東へ。今度は鴨川を南へ。
 
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よく晴れた気持ちの良い鴨川沿いにはもちろんカップルがたくさんいるが自転車は土手まで降りずに歩道を行く。
 
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あの建物はなんだろ。知らない。
 
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清水五条で左折、さらに西へ。
 
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少し上り坂。JC・JKが増え始める。ガイコクジンも増え始める。とりわけ、中国・韓国人が多いなと思った。
 
 
 
 
 

清水寺

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たぶん高校の修学旅行以来なのだろうとは思う。けれど思い出せない。と言いつつ、初めて来たという感触でもない。
みんなカメラを持っている。みんななにをどう撮るんだろうと眺めていても埒があかない。
 
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それで自分もつまらん写真を撮る。
 
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ねぇねぇ京都に行ってきたYO!って誰かに言いたいってことなんだろうか。分からない。
 
 
 
 
 

哲学の道

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清水寺を出て、銀閣寺のほうへ。夕刻が近い。
 
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北へ。東へ。銀閣へ続く「哲学の道」のほうへ。
 
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半日走ってみて京都は、カメラマンが多いなと思う。カメラをぶらさげていて大丈夫だという気がする。
 
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そしてJC・JKと外国人が多い。男子中学生や男子高校生もいるのだろうけど、眼に入らない。何人かの外国人が、キヤノンの白レンズで、自転車を漕ぐ俺を撮っていた。なにに見えるんだろうか。俺もいろいろ撮っているが、逆にけっこう撮られているな、とも思う。
 
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そして哲学の道。まもなく17時だからか、人は少なかった。
 
 
 
 
 

銀閣

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閉門の5分前、銀閣寺に到着。同じように閉門ギリギリに入った何組かと一緒に、管理人さんに追い立てられるように、参拝順路を進み、写真を撮る。
 
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銀閣が本当はなんという寺で誰がなんのために建てたのかも忘れた。
 
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綺麗にならされた砂の庭を見て、村上春ナントカさんが書いていた天国の話を思い出した。天国に行ってもほとんどの人は天国の建物のペンキ塗りやらゴミ拾いや補修工事にかり出されて忙しくヘトヘトになり遊ぶ暇なんかないよ、とかなんとか。
 
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そしてそろそろいいかげん、マイクロフォーサーズのカメラに嫌気が差してきたり。。。俺は背景をぼかすためにコンデジをやめたのに!ぜんぜんうまくできない!
 
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今日の世界遺産巡りは終了だ。あとは京都大学の近くでも走って、予約した安宿へ向かおう。
 
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平日・快晴・京都
 
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京都大学
 
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ナビ子に案内させて言いなり。なにも考えずに漕いでいると楽だ。
 
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金閣の近くまで戻り、ゴチャゴチャとした界隈に宿がある。奥さんと友達がそれぞれに犬を連れてしゃがんで雑談してたり。
 
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宿は安いのだけど、浴室なし、床もきしむし隣室の音も聞こえる風味で落ち着かず、風呂は外で探すことにした。少し着替えて、すぐに徒歩で外出。
 
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碁盤の目の町並みだから分かりやすいという面もあるし、逆にワカランという面もある。地下鉄もその大通りに沿って走るようだ。
 
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安い銭湯でも良かったのだが、京都駅近・京都タワーの地下浴場に入った。
 
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展望室へ上る。東京都内の各種展望台と比べると、かなりこじんまり。
 
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京都駅と、さらに南を臨む。
 
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赤い鉄枠があって写真を撮るには邪魔。
 
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ラブ・プラス。
 
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俺死ねばいいのに。
 
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タワーを降りて徒歩徘徊。徒歩でもナビ子を使えばよかったのだが宿に置いてきてしまった。
 
20100529t89
ラブ・プラス。「そんな言われても あたし分からへんねんかー」云々
 
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THE SIGNIFICANCE OF BIRTH!
 
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月とパンチラと東本願寺
 
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五條楽園はこの日(5/20)から年に一度のお休み期間だそうで。
 
20100529t93
デタラメに歩くと、どこが栄えていてどこが静かなのかワカラン。
 
20100529t94
歩き疲れ、宿の門限時刻が気になってきた。
 
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歩いて戻るつもりが時間がなくなり、結局、唯一土地勘の出来つつある烏丸御池から地下鉄に乗った。
 
 
 
走行距離:5.09km(家→横浜) + 56.90km(京都駅〜保津峡〜洛北〜洛東)
 
 (2)へ続く
 
 
 

少年少女人物日本の歴史 (6) (小学館版学習まんが)

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