眠れない理由#3

自分から少し触れたところ、複数人から気になっていたと言われたので、顔面の膨張・変色を抑えるために薬の投入量を減らしたところ、結局もとの木阿弥と言うか、今は歩けない激痛との闘いに戻ってしまった。それで今は迷っている。塗布のほうをVGでなくデルモベート等に変えるのはどうかと思わなくもないが、ともあれ今月の生活指針・薬剤投入方針に迷いが出ている状態。さいわい仕事にはありつけているので、後、最低限担当物件を処理していれば勤怠を云々されない身なので生きているという感じか。
総体として症状が10年前と比較して軽快しているとも言いがたいので、年齢とともに知力体力が今以上に伸びることがない以上、どこかで自殺しないといけない身であることを直視するのはなかなか面倒くさいことだ。まぁ病苦と、そこに由来する経済問題なんだから。それでいて健常者の烙印だけは押されちまってるんだから仕方ねえだろとは思いつつも、最後はは自力でやらないといけない。昔読んだなんとかいう本における覚せい剤みたいな感覚が漠然としてあるが、こちとら合法だし、逮捕もされず、治療方法もなく、うんざりである。ただ、もっと切実にガンの転移状況から余命が1年半程度と宣告されたときの俺が感じて書くこととは整合しないかもしれないが。
書いている内容にもうんざりで、もう全く女子高生、OLの読者がいないし、そのような方向へ書き物を変化させる方法がまさに俺のできないことそのものの世界なので絶望するしかない。が、ともあれ一眼の
どうなるにしろ、ネットに広告貼って乞食するみたいな方向での自己矛盾にだけは陥りたくねえな。と思うのがかろうじての意地なんだろうか。生活圏すべてが1つの病室であり、脱却できる可能性を期待する比率はゼロだが、生きることそのものが世界にとってどれだけ有害でも、合法のうちに、具体的な「痛み」が、「生きているほうがマシ」とは思わないレベルに達するその日まで。